東北お遍路~野田村愛宕神社の大鳥居とイタヤカエデ

神社・仏閣を訪ねまわり参拝をする巡礼「お遍路」。
お遍路と言えば四国。このあたりではあまりお遍路さんは見かけませんが、震災以来たまに月命日(11日)などにお坊さんたちが鐘を鳴らしながら歩いて拝みにいらしてくれています。


そんな折、先日「とうほくお遍路プロジェクト」というのを知りました。
東日本大震災で被災した青森、岩手、宮城、福島4県の沿岸部に鎮魂の巡礼路53箇所を選定。津波で被災した沿岸部のいまを、多くの人に知ってもらうのが狙いだそうです。


この鎮魂の巡礼ポイント、野田村にも1箇所ありまして
『大鳥居と楓』となっています
野田中心部のシンボルで、13.4mの高さがある愛宕神社大鳥居

大人の背丈以上まで津波が押し寄せ
鳥居は2年ほど前に改修工事が行われました


そして愛宕神社の参道広場に立っているのが、この楓の木。
聞くとこの辺りでは「イタヤ」と呼ばれている木だそうです。
調べると『イタヤカエデ』というのがあるので、それかな?(イタヤカエデにも10以上品種があるそうですが....)
木のうろにハチが巣を作ってクマが来たとかで、蓋がしてありますね。
ハッ、楓といえば・・メープルシロップ!?


木に詳しい村民Nさん他に聞いたところ「おそらく150年以上は経っているのでは」ということでしたが、ちょっと詳しい樹齢は分かりませんでした。

昨年の春に撮った写真ですが(右端)、緑の葉を付けていますね~

また村の歴史に詳しい村民Kさんにお尋ねしたところ、
昔このあたりにあったお屋敷の木だと思うが、十年以上前の河川工事の時に切られることになったが、反対運動があり移植することになったそうです。
昔あの辺に流れてた川縁にあったんだよ~

で何故この木がお遍路ポイントの一つとして挙げられているのかというと
明治29年の明治三陸大津波のとき、野田村にも大変な被害があったわけですが
津波の際、当時10歳だった男の子がこのイタヤの木にすがって助かったと言われているそうなんです。

木の向こうに見える御山の上に愛宕神社があります
野田村誌によれば、真夜中の激しい地震に続いて襲い来る大津波、
人々は先を争い寺山や愛宕山へ逃げたそうです。
この時、真夜中の愛宕山頂に明かりが点っていて、登り終えた途端に消えてしまったという不思議な話もある――と記載されています。


お遍路ポイントは「1000年先まで語り継ぎたい物語性がある」などの基準に基づき選定されたそうですが、昔から防災のため語り継がれており、聞き取りをした範囲ではこの木のエピソードを知る村民の人も多かったです。

2011年の東日本大震災では、愛宕神社に上る階段の数段目まで津波が来ました。
商工会の事務局3名も津波に追われこの階段を登ってなんとか難を逃れましたが、
無念にもこの階段を登る前に犠牲になってしまった方々もいらっしゃいました。。。

『平成大津波到達点』とあります
薄くなった字に5年の歳月を感じますね


楓の木は塩害で弱りながらも、きょうも村を見守っています。


(写真提供:野田村)

-詳細-

こころの道 東北お遍路プロジェクト
一般社団法人「東北お遍路プロジェクト」(仙台市)によるもので、東日本大震災の津波で被災した沿岸地域に震災慰霊の巡礼ポイントを設け、震災慰霊と震災のストーリーを1000年先まで語り継ぐプロジェクト。
  〔ウェブサイト〕http://cocomichi.jp/

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タグ:お遍路プロジェクト, 愛宕神社

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