玉川の巫女の伝承

紅葉も終わりに差し掛かり、木々の色づいた葉もずいぶん落ちましたね。
 
先日、紅葉を探して玉川橋を通ったらのんちゃんを見つけました。
 
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こんなところにも・・・!
 
国道45号は写真左側に通っています。なのでこの道路は旧道というのかな。
 
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この玉川をさかのぼって行ってみましょう。
 
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きれいですね~
 
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車通りの少ない静かな山奥、幹線農道として整備され、玉川の渓谷に架かる『玉川千じん橋』

(千じん・・・山などが非常に高いこと。また、谷や海などが非常に深いこと)

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柱はのんちゃん。

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高森山から続くという玉川
ここの橋はすごく高くて下をのぞき込むと足がすくみます
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玉川と言えば、玉川端の清流が生まれ出たばかりの高森山の幽谷、高い山々に囲まれた川のほとりに、明治のはじめごろに美しく賢い巫女いたこが住んでいたそうです。
 
村内の安家の方の生まれで、大変な美貌の持ち主であったのに、その連れ合いはすでに老境であったとか。村人はその不似合いを語り草にしたものだといいます。
医療施設のない時代、巫女は民間信仰祈祷の主役であり、口寄せ(霊を招き寄せて、その言葉を人に伝えること)、忌払い、占い、ご託宣(神が人に乗り移ってお告げをすること)、病気療養などの祈祷を行い、玉川端には遠方からも訪れる人が絶えなかった。春祈祷には白馬にまたがり部落を巡り歩いたものだと語られた・・・と『村の歴史文化手帳』に記されています。
 
 
地図によれば『高森山』は野田村の霊山・和佐羅比わさらび山の南に位置し、標高701.9m。ここはせいぜい標高170mぐらいのようなので、巫女屋敷があったという水源地の周辺はもっとずっとずっと山の上でしょう。
 
明治といえば海岸で塩を焚き牛の背に乗せ運ばれた時代。つくづく昔の人は凄い健脚だったんだなぁと思います。
 
 
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タグ:のんちゃん, 玉川, 千じん橋

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